箕輪町にある「信州伊那梅苑」で手厚すぎるおもてなしを受けた話と、梅にまつわる、恋愛やら結婚についての自慢話。



私は梅の花が好きだ。

子どもの頃、祖父母に連れられて熱海の梅園・梅まつりを訪れたのが梅好きになったきっかけだ。太陽の光が背中を温め、歩き回っていると重たいコートの中が汗ばんでくるような陽気のなか、赤やピンクがくっきりとした小ぶりな花を楽しむ。広場では、茶摘み娘の衣装を来た初老の女性たちによって梅緑茶がふるまわれており、立ち止まって甘酸っぱい香りを楽しんだ。

どういうわけか、この熱海梅園での思い出と梅の花は、私の記憶のなかでセットになっていて、梅の花をみると春の陽気にうかれた気分と甘酸っぱいお茶の香りが想起させられる。


世の中には、惚れたオンナは地獄を見るとささやかれている男性の職業ワースト3があり、バンドマン、バーテンダー、美容師、いわゆる「3B」がこれに該当する。

二十歳になるかならないか、というころ、私はかなり年上の男性とお付き合いしていて、相手はバンドマンだった。

といっても、音楽で食っていけるほどのバンドマンなわけでもなく、特に楽器もできないのでボーカルしてますみたいなタイプのバンドマンだ。どちらかというと、気の弱いトカゲみたいな顔でヴィジュアル系バンドを自称し、地元のライブハウスに時々、本当に時々出演する。さらに、堂々と私の他にも交際中の女性がいたり、実家暮らしだったりする三十路だ。

こいつはダメだな、と二十歳になるかならないかの小娘も感づいてはいたが、二十歳になるかならないかの小娘は往々にして無敵である。なにしろ結婚の二文字がちらつきもしないのだから、毎日が楽しければそれでよい。


それでまあ、お金もないのでデートは「散歩」に落ち着きがちだ。

夏場であれば、海まで車を飛ばすだとか、コンビニで缶ビールと花火を買って云々だとか、それほどお金のかからない遊びもできるのだが、冬場はなにしろアウトドアがきつい。そのため、ゲーセンとかカラオケボックスとか何かと金がかかり、デートの間隔も空きがちになる。

そんな折、早く春がこないかなぁという一心で私がつぶやいた何気ない言葉が、彼いわく「刺さった」らしく、後日彼は他のオンナと縁を切り私に真剣な交際を申し出る運びとなった。遊び人の彼をモノにしたい女性は参考にして欲しい。



「春が来たら、二人で梅をみたいねぇ」



恋人とお花見に行きたい女ならたくさんいるが、その場合の花は大抵「桜」を指す。華やかでにぎわいのあるという意味で、クリスマスとかハロウィンのような、いわゆる季節的なパーティー感覚だ。

しかし、「梅」というワードが連想させるのは、老夫婦が縁側でお茶を飲みながら「春ですねぇおじいさん」「春だなぁばあさんや」と微笑み合っている光景だそうだ。


「春が来たら、二人で梅をみたいねぇ」


よって、この一言には既存の恋愛イベントに振り回されない落ち着いた嗜好、と物言わずともわかり合える、ただ寄り添い歩くだけの何でもない時間の共有をいとおしむ、いぶし銀の昭和的恋愛感覚を持った女性である、と錯覚させる凄みがある、らしい。



それからしばらくして、何気なく読んだ大槻ケンヂのエッセイだったか短編小説だったかで、やはり梅がみたいという女が出てきて主人公の心を揺さぶっており、確信した。梅女最強説。



一年ほどでまた別の彼女をお作りになられ、バンドマンとは別れたけれど、そんなこんなであれから約20年……一緒に梅を見に行く相手は、妻が梅好きならば、という動機だけで梅に興味はなくとも連れて行ってくれるタイプの夫だ。

私のことを全然わかってくれないとか、私のことをわかってくれる人と結婚したい。とか、当然のように言っちゃう女性は多い。けれども、私の経験則だけで語らせていただくと、女が「私のこういうとこ、わかって欲しい」というところを、ピンポイントでズバリ当てにくるような男は、大抵の場合、繊細すぎる観察力が災いして生活力がない。

自尊心は満たしてくれるが、それではお腹は満たされないのだ。結婚は生活だ。得意分野を手分けして協力しあえる仲間でなくてはならないし、もし沼に落ちたら、沼の外の安全な場所からロープを投げ入れる人が必要なのだ。一緒に、傷をなめあいながら底なし沼に沈んで行ってくれる人なんか生活において何の足しにもならんのだ。子どもができればなおさらだ。梅男最弱説。



 梅に縁がなさすぎる夫婦

今年も夫と「信州伊那梅苑」に行った。

一昨年は訪れたのが若干早すぎて、梅は少ししか開花していなかった。せっかく遠くからきていただいたのに悪いねぇ、と受付のご婦人に梅ゼリーをプレゼントされ、その上入場料も取らずに園内を見せていただいた。

開花情報を調べてから行けばいいものを、家訓である「何事もノリと閃き」を尊重するがあまり、昨年、また思い付きでふらっと訪れてみると散り際ギリギリであった。

入り口の券売機で大人2名分で千円の入場券を購入し、受付のご婦人に提示した。ご婦人は困惑した表情で「あら、買っちゃった?梅の花もう終わりかけなんですよ。だったらこちらへどうぞ」

土産売り場の奥へ通され、「悪いねぇ、梅もう満開をすぎちゃってるから、サービスね」とテーブルセットへの着席を促される。小皿に白飯が盛られ目の前に。自家製の漬物を乗せたお盆も登場した。

「お茶漬け食べて行ってね」

これが京都なら早く帰れという合図だ


お腹いっぱいなのに、お茶漬けをかきこむ。白飯にかけられたのは、緑茶でも出汁でもなく、さ湯。信州のぶぶ漬けとはこういうものなのか。帰りにはまたも梅ゼリーをプレゼントされるという、至れり尽くせり。


で、今年もまた三度目の正直とばかりにリベンジ梅苑。

でもやはり思い付きだから、今年は早すぎた。つぼみのものが多いから、と入場料は無料で園内を見せてもらえることに。









それでも十分キレイ。




橋の意味を持たない橋。


梅の形をかたどったつもり……なのだろうか、謎の石オブジェ。






 何がすごいって展望台がすごい 


伊那梅苑の敷地を散策していると、にょきっと突き出た展望台に遭遇した。登りたい。









でも登りにくい雰囲気。




笹とか入ってきてるし。何このサバイバル。


笹をよけながら進んでいくと……途中で潔く消える階段。


しかし、振り返るとこの景色。




絶景かな。けど風が吹くとギシギシ揺れる。来年こそは是非、満開の梅を見たい。今年は梅ゼリーでなく、カリカリ梅をもらった。

ライター ミワアヤノ | Facebook